大河ドラマ「西郷どん」│ 第十六回「斉彬の遺言」

あらすじ

主人公・西郷吉之助(後の西郷隆盛)は京都において出陣支度を整え、藩主・島津斉彬の上京を待っていました。

出陣支度の目処が立ったため祝宴を楽しむ吉之助の元に、月照が急ぎの知らせを持ってきます。

それは斉彬の訃報でした。

医者の見立てではいわゆる過労ではないか…ということですが、橋本左内は前例もあることで毒殺を疑います。

有村俊斎は犯人を捜して弔い合戦をと息巻きますが、吉之助は、水戸藩に兵を出してもらうことを提案します。斉彬が死去したことにより幕府の気持ちが弛んでいる今、朝廷から水戸藩へ挙兵の詔を出してもらい、幕府の行動を諫めようと言う考えでした。

月照の手はずでいわゆる「戊午の密勅」が朝廷より出されます。

吉之助は急ぎ江戸へ向かいますが、吉之助の到着を待たず一橋慶喜(後の江戸幕府15代将軍・徳川慶喜)、そして慶喜の父・徳川斉昭は、日米修好通商条約に調印した大老・井伊直弼に意見するために登城しておりました。

江戸に到着した吉之助は水戸藩邸を訪れますが、斉昭に会うことは叶いません。

品川宿で慶喜を探し当てた吉之助は、水戸藩挙兵のため、慶喜に水戸藩との仲立ちを頼みますが慶喜はそれを断ります。

水戸藩は今は挙兵どころではありませんでした。

斉昭は、なんと井伊直弼により蟄居を命じられていたのです。慶喜もこの後、何かしらの罰則があるだろうと諦めの境地でした。およし(ふき)に、生きていたら迎えに来ると別れを告げ、慶喜は品川宿を後にします。彼はこの後3年に及ぶ蟄居を命じられました。

この斉昭たちの蟄居を皮切りに、井伊による粛正が始まりました。
「戊午の密勅」は、密勅とは言え朝廷から幕府の家臣である水戸藩に出されたものであり、幕府の権威を蔑ろにしたもので、井伊は見過ごすわけにはいかないと判断。

しかし天皇を罰することは出来ないため、天皇をそそのかして詔を出させた、という名目で水戸藩を始め多くの反幕思想の人たちが捕縛され始めます。

その中には朝廷に積極的に働きかけた月照の名前もありました。
出頭の覚悟を決めた月照に、吉之助は薩摩に逃げることを提案します。

左内に見送られ吉之助たちは船で京都から脱出しますが、その直後、左内は捕縛されます。一方、人相書きまで出回って宿場などには泊まれない吉之助たちは、廃寺となっている山寺で夜を過ごします。

命を賭けて尽くすと決めた斉彬に死なれてしまい、吉之助には生きる気力が欠けるようになっていました。「殿の元へ行きたい」と斉彬に渡された短刀の紐を解き始めます。

刀身を抜き見つめていると「何をしている。」と声がかかりました。
振り向くと、斉彬がいるではありませんか。

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