社交の断捨離&交際費の節約

日常生活のなかで、人とのおつきあいは楽しみであり、同時にストレスにもなりえること。

自由な時間は日々意外と多くないですし、毎日一日ずつ残りの人生は少なくなっていっているので、無駄なおつきあいは思い切ってカットしていきましょう。

フェイスブックを止めるかセーブする

ネット上のおつきあいに一日のうち多くの時間を使っていませんか。

たとえばフェイスブックなら、自分への投稿にコメントしてくれた人、いいね!をしてくれた人が投稿をしていたら、お返しにコメントやいいね!をしないといけないと思いますよね。そして、実際にいいね!と思わないことにいいね!をしたり、無理やりコメントをひねり出したりということもあるでしょう。

また、フェイスブックではやり取りしているけれど、実際会おうという話につながらない昔の友人もいるかと思います。でもそれって本当につながっている意味があるのでしょうか。

ときどきニュースになっていますが、SNSは皆日々の生活のいい部分を切り取って投稿しているので、そればかりをみていると、人の人生が羨ましくなったり、なんで自分はこんななんだろうと落ち込んだりすることもあります。

みなそれぞれ知らないところで苦労しているんだろうなと頭ではわかっても、心は割り切れないこともあります。

もちろん、楽しい投稿だなと楽しむときもあれば、逆に、なんでこんなたまにしか面白いことがないもののチェックに時間を使っているんだろうと思うこともあります。

思い切って止めるか、メッセンジャーだけ生かしておいて、たまーに投稿を眺めるくらいの距離感になってみると、気持ちが楽になります。

友人で何人かフェイスブックを止めた人がいます。一人は、人の幸せな投稿に滅入るようになったからでした。近所の人から投稿内容についてケチをつけられるようになってやめた人もいます。また、フェイスブック上で、知らない人からストーカーされて怖いメッセージが届くようになってやめた人もいました。

ちなみに、筆者は、以前投稿を楽しんでいましたし、フェイスブックを通じて友情がリバイバルした経験があります。その後しばらくつきあいがあって途切れたものもあれば、わずかに続いているものも。

ですので、完全に否定しているわけではもちろんありません。

フェイスブックのお誕生日メッセージ

お誕生日の通知が面倒なときがありました。つながっている人が多ければ、毎日のように誰かが誕生日です。

誰かにいいね!したりした情報が流れていくので、ログインしていて、誕生日だと知っているのに、誕生日メッセージを送らないわけにはいきません。しかも一日に3人とかかぶっていると、それぞれに同じような分量で、ちゃんと向き合ってメッセージを送る必要があります。

その中の一人は親友で、あとの二人がほとんど知らない人だとしてもです。また、自分がどんなに精神的なコンディションがよくなくてもです。ということは、私の誕生日も、やべ!メッセージ書かないとかな~みたいに、一回会っただけの微妙な関係の人とかは、気にしながら一日過ごさなければならないんです。

ということで、途中から誕生日表示を止めました。年齢はばれてもよかったのですが、誕生日に人にプレッシャーを与えないために消しました。また誕生日メッセージをもらえば、ご機嫌に、翌日くらいまでにはそれぞれにきちんと返事するのがマナーです。

自分に時間を割いてくれたのだから、こちらも割くべし、です。まとめて、皆さんありがとうございました!と投稿する人は心臓に毛が生えていますね。

そんな風にフェイスブック上で誕生日メッセージを送り合うのって、コメントと同じように人の目をすごく意識しているわけです。本当に大切な友達だったら、本人だけが目にする形でメッセージを送るのが筋ではないかと思うようになりました。

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