双子あるあるブログ │ 妊娠後期

6歳長女、3歳次女を抱えて双子を妊娠した、後期から出産までの思い出話です。
双子ママさんには「分かるー!」となってもらえたら嬉しいですし、プレママさんには「なるほどそんなことが…」と今後の参考にしてもらえたら嬉しいです。

妊娠後期28~40週

本来、通常妊娠ですと、予定日は40週0日となります。

しかし双子妊娠は40週まで待ちません。
多くの病院が最初から帝王切開での出産を提示し、そのために正産期に入ってすぐの37週が予定日となります。

私も本来の予定日は2/1でしたが、帝王切開の予定日は1/13でした。

28週の検診で早速手術日を決めて入院予約もしちゃって入院準備の紙もらうときに「念のため今週中くらいには荷物完成させておいてね。」と言われ嘘でしょ…となった覚えがあります。

私はこの手術日の決定までは詳しく知らなかったんですが、大学病院のお医者さんってチーム分けされているんですね。

私は基本月曜日、用があるときは水曜日で受診していたんですが、月曜日のY先生と水曜日のN先生は実はチームが違ったらしくて、どちらで手術受けます?と聞かれてびっくりしました。
正直どっちでも良かったんですけど、その日が水曜日だったのでN先生チームで出産を迎えることになり、予定日は一旦1/15となりました。

そうしましたら後日Y先生から電話がかかってきまして、基本的にはY先生の診察だったので是非Y先生チームで手術がしたいから、N先生に譲ってもらったので手術日が変わります。と。
そんなことあるんだ!と思いつつも了承し、予定日は1/13になりました。

そして1/13まではお腹にいてもらえるよう、後期に入ってますますの努力を強いられます。
とにかくお医者さんに言われるのは「動くな!」。

本来後期ともなれば今度は予定日に出てくるように「動きましょう」と言われるんですが…
遠出もダメですと言われていたので、結婚して初めて年末年始の帰省を取りやめました。

この頃になると気になるのは、何週になったら出て来ちゃっても生きていけるのかという消極的なものばかり。
インターネットで調べて、肺の機能が大体出来上がり、早産になってしまっても大丈夫であろうと言われている32週を個人的な目標にして、検診の度に、もう少しもう少しと指折り日にちが過ぎるのを数えていました。
それでも、順調だよ、年越せるね、と前向きな言葉もY先生からはもらっていたので、実家と義実家との調整は予定日通りのパターンで進めていました。

そして目標も越えて34週の12/22。年内最後の検診でした。
一応予定日通りのプランを考えていたとは言え、夫は万が一を考えて冬休みを長く申請しており、翌日12/23から1/3までを冬休みとしており、診察が終わったら家族水入らずの年末年始が待っておりました。

「子宮頚管が入院目安の25mmになりました。入院しましょう、今日これから。」
「無理です!」

何せ平日です。まだ未就園児の次女もいます。今日から入院するとなると仕事に行っている夫に今すぐ帰って来てもらうことと、実家の母に今日中に愛知県から東京に来てもらうことが最低条件。
明日からなら…と今日の入院に難色を示したところ、まあちょうど目安の25mmだから1日2日くらいなら…と猶予をもらって、主治医のいる24日からの入院となりました。

面倒な年末年始の入院

そうして実家義実家と打ち合わせた結果、実母に面倒見てもらうのは退院してからのがいいなという私の意見を尊重してもらって、夫の仕事が始まる1/3から私の退院までは義母に来てもらうことになりました。

しかし今更年始早々の新幹線のチケットが取れるわけもないので、夫と娘二人は12/30から1/3まで車で義実家に帰省し、義母を連れて戻ってくるという段取りに。
年末年始でなければ勝手に来てもらえたのに…

私は入院しているので一人置いておいても問題ない、と思いきや、次の問題が洗濯物。
入院する大学病院には、洗濯を代行してくれるサービスがありましたが、問い合わせたところ何と12/30から1/3の私が一番利用したい期間が年末年始の休業。
洗濯無しで乗り切ろうと思うと、用意していたパジャマと下着ではとても枚数が足りず、猶予をもらった12/23は慌てて入院用の買い出しとなりました。
連休入院でなければ必要のない出費でした…

何より、初めての家族水入らずの、親戚に遠慮しなくていい年末年始が…!と私の悲壮さと言ったらすごかったです。
なので自分を奮い立たせるために双子用のコートを購入。

元気にこのコートを着せられるために頑張ろうと思いました。

入院開始

産婦人科の入院病棟では、面会に制限がありました。
感染症予防のために子どもは病室まで入ることが出来ませんし、防犯のため家族以外の入室も禁止です。

また、最初は、MFICU(母体・胎児集中治療室)というところに入院になりました。
特徴としては、まずそのフロアからの外出は認められていません。コンビニの移動販売が時間を決めて来てくれますが、急遽足りないものがあると看護師さんにお願いして車椅子を出してもらい買い物に行くことに。

ただ私の入院した大学病院はMFICUは全て個室で割と楽に過ごすことが出来、なおかつ差額ベッド代がかかりませんでした。
基本的に切迫入院の妊婦さんがいることから、移動を抑えようとする目的から、トイレと洗面台は部屋にありましたが、シャワーだけは外で共用。

入院を始めた34週で胎児の大きさは1900gと2200g(推定)
お腹はもうはち切れそう…

三回目の妊娠で皮も伸びてるのですごい出てます。

そして入院前に改めてY先生チームの方々勢ぞろいで状況確認をしました。
私の双子妊娠は、6週のときに個人病院で「双子です」と言われて始まったのですが、そのときは最もリスキーなMM双胎(1つの袋に1つの胎盤を共有している双子)と言われていて、それでいつから管理入院になるんだとびくびくしていたんですが、何と改めて受けた説明ではMD双胎(別々の袋に1つの胎盤を共有している、MMより1段階リスクが低くなる双子)だと言われたのです。

最初MMだって言われましたけど、と聞いてみると、じゃあ今からしっかり見てみましょう、と診察室へ。
もしMMだとすると、もう入院どころではなく34週で出すにしても遅いそうです。何せ同じ袋の中にいて動き回ってるから、いつへその緒が絡まって動けなくなるか分からないから、と。

そして改めて見てもらったところMD双胎で問題無し。初期の初期では分からないから、とY先生は慰めて下さいましたが、ここまで怯えていた分を返してほしい気持ちでいっぱいでした…

実はまだつわりが残っており何をしてても常に喉が気持ち悪く、お腹は重いし、病院は暇だし、家のことは心配だし、元々妊娠してから眠りが不安定なのに夜間の巡回や廊下の物音でますます眠れないしで本当辛かったです。
文句を言っていても仕方ないので、一人だからこそやれることも考えて、レインボールームというゴムのおもちゃを持ち込んで娘たちにブレスレットを作ってみました。

が、これが意外と簡単で思ったより早く飽きてしまって…編み物でも挑戦してみようかなーでも夫が手芸屋で編み物一式買ってこれるとも思えないしな…ミシン持って来てもらったらさすがに叱られるかなーと色々考えるだけの日々が過ぎました。

そのまま5日経過して、29日。
状況が安定しているので、大部屋に移ることになりました。

大部屋は同室者がいるため、テレビを見る場合はイヤホンを使用すること、充電器の使用は禁止、と制限がかかった上に、同じ時期に入院されている方たちが全員入院が長くて顔見知りになっており、気分が悪くて寝ようとしても仲良くお話とかされていて眠れなかったりで、何で差額ベッド代払ってまでこんな居心地悪くならなきゃいけないんだ!と初日からイライラしておりました。

緊急帝王切開へ

そのイライラがもしかしたらよくなかったのでしょうか…翌12/30、朝の看護師さんによる体温測定と心音確認を問題なく終え、朝ごはんを食べ始めた瞬間、おりものがドバッと出る感覚がしました。
入院してからおりものは増えていたのでシートをつけていたのですが、食べ始めたばっかでトイレ行くの面倒だなーと思ったずぼらな私はベッド横でシートだけ新しいのに交換。朝食を続け、完食。

さて、とトイレに行って便座に座った途端、尿意も感じていないのにバシャッという水音が聞こえます。さすがの呑気ものである私も異変に気が付きました。

これ、破水じゃない?

しかし上二人の出産でも破水の経験が無いことと、何せ「年を越せる」と言われていたことから半信半疑で一旦ベッドに戻ります。
(本来、破水をしたら動き回ったらいけません。トイレで破水したらナースコールしましょう!)

ベッドで一度頭を冷やしてから、うん、やっぱりおかしいなと自分で納得して、ナースコールを押そうとしたらちょうど主治医のY先生が検診にいらっしゃいました。
「ご機嫌いかがですかー」といつも通りニコニコいらした先生に「破水したかもしれません」と告げると顔色が一変。
すぐに看護師さんが車椅子を持ってきて、診察室に運び込まれます。

確か8時半頃でした、診察の結果、完全破水が確認されたため、準備出来次第の緊急帝王切開がその場で決まりました。
ここで2つの問題が。

1つ目、この日は12/30。
前述した通り、夫は娘二人を連れて義実家へ行く日で、子どもが起きている時間の長時間運転を嫌う夫は朝の4時前にはもう高速に乗っていたのです。
電話をしてもまだ運転中で繋がらない…

「一応手術の同意をもらいたいんだけど、待っている時間が無いので、とりあえずお母様に同意を得ます。」
と実家にY先生から電話。

実家から義実家に電話が行き、9時頃義実家に到着した夫は荷物と娘たちだけを下ろして何とそのまま東京までUターン。
実家と義実家は、運転中の夫にも、手術前後の私にも連絡がつかず、病院に問い合わせても「個人情報ですので…」と教えてもらえず、数時間そわそわしっ放しだったそうです。

そして2つ目の問題。手術を即行うという状況で、私は直前に朝食を完食しているのです。
基本的に麻酔を用いる手術の場合、誤嚥性肺炎を防ぐために食事を抜いてから手術に挑みます。

私の帝王切開では局部麻酔を使用することになっていましたが、もし効きが悪い場合は全身麻酔に変更することもあると言われていました。
全身麻酔をして全身が動かないと、麻酔の影響で嘔吐する場合吐瀉物が詰まって大変なことになると入院手続きのときに言われたような…とぼんやり思い出して、完食したことを後悔。食べる前に一回破水の症状あったのに…
おかしいと思ったら自己判断をしない、これとても重要ですね。

病室付近は突然バタバタし始めます。
そうは言っても看護師さんたちは慣れていらっしゃるのでパニックになってるのは私だけなのですが、完全に1/13に産むつもりだったので予想外過ぎて頭がついていかなくて。

人間パニックになるとおかしなことしますよね…母や夫ではなく、私はなぜかツイッターに「破水したから今から手術ー!」とか書き込んでました。
他に報告するところがあるだろうよ…

手術着に着替えさせられ、下着も紙製のものに変えて、荷物をざっくり看護師さんにまとめてもらい、9時半過ぎ、周りの入院妊婦さんに見守れながらストレッチャーで手術室へ移動。
年末で病院がやっていないということですれ違う人は少なかったですが、ちょっと恥ずかしかったです…割と手術室遠かったですし。

あれほど、双子妊娠は予定日通りにはいかないと言われ続け、結局管理入院までしたのに、心構えが出来ないまま手術室に一人で入ることになりました。
手術室入ってからの体験は、次回に!