子供の登校&登園渋り|私はこうして乗り切りました!

子供の登校登園渋りで悩まれたこと、ありませんか?

もしくは今その真っ只中の方や、これからそうなるかもしれない…と漠然と不安を抱えている方も少なくないのではないでしょうか。

我が家の小学2年生の長男&幼稚園年中の長女、どちらもやらかしてくれました。

二人とも渋りの原因は全く違うのです。長男においては幼稚園も小学校も両方だったので、長男長女の入学入園が重なった年は本当に記憶がないくらい滅入ってしまいました。

そんな2人ですが、今はほとんど毎日笑顔で登校登園しています。

ここまでの道のり、長かったような短かったような、そしてこれからもまだまだ不安な状態ですが、一番大変だった頃の思い出をまとめる良い機会と思い、まずは長男の登校登園渋りのことについて、その原因や対処した時のことを書きたいと思います。

始まりは幼稚園の給食

長男は、とにかく赤ちゃんの時から身体も小さくて少食でした。離乳食も全然進まないし、体重もちょっとずつしか増えない。

初めての子供なので、どんな小さな事でも心配になっていました。過保護に育ててしまった長男ですが、とても人懐っこい子供で、入園したときは「お友達がつくるぞー!」とかなり喜び意気込んでいて、毎日楽しく通園していました。

一安心していたのですが、すぐに雲行きが怪しくなってきました。うちの幼稚園は、入園してしばらくは午前保育、三週目くらいからお母さんのお弁当が週に4回、2学期からはその4回のうち2回給食へ移行開始という状況でした。

とにかく変わった食材が食べられない長男。給食が始まった2学期、最初は頑張っていたのですが、それまでいい子ちゃんで通ってきた長男…

「嫌いなものを残すこと=悪い子と思われる」という公式が出来上がってしまいました。

園自体が無理に食べさせる方針ではないので、食べられなくても大丈夫とどれだけ言っても、所詮は親の言うこと、いい子ちゃんでいたい長男には、私が何を言っても響かなかったようです。

それからは先生にお神輿の様に担がれて教室に入ったり、泣いて喚いているのを剥がされて行ったり、時には幼稚園の門の直前で、突然回れ右をして走って逃げる…なんて事もよくありました。

そんな状況は年中の3学期直前まで続きました。下にまだ1歳の長女が居たので、抱っこひもで長女を抱っこしたまま長男をおんぶ…等という無茶ばかりしていたので、本当に当時の記憶は「かなり大変だったと思う」と答えるしかないほどブッ飛んでしまっています。

先生からのありがたいお言葉

そんな長男の姿を見ていた担任の先生が、「大丈夫!どんな○○君も、この幼稚園のみんな大好きだからね!」と根気強くおっしゃってくださった事を覚えています。

「泣いてる○○君、笑ってる○○君、怒ってる○○君、頑張ってる○○君、どの○○君も全部○○君だから全部受け止めるし、全部包み込みます!」というお言葉、長男なりに響いたようでそこから先生にぽつぽつとその時その時の気持ちを話す事が出来るようになったようです。

また、副園長先生からは、「お母さん、いつもいつも大変だね。でもね、必ず暗いトンネルの先には出口があるからね」と応援してもらったことが私にとっては一番大きな力になりました。

なりふり構わず泣き喚く長男を追いかけ、引っ張り連れていく自分は、酷いお母さんなんじゃないかと思っていた私には、トンネルの先なんて見えていなかったのですから。先にトンネルの出口を見つけて楽しそうに帰っていくお母さん達が遠い存在に思えましたが、長男の歩幅に合わせて二人三脚で行こうと思えた言葉でした。

出口が見えたのは、長男が諦め始めたから

酷い状況が続いてしばらく経ってから、少し落ち着き始めた時期がありました。それは、長男が大嫌いな給食の時間に、担任の先生に「これだけは頑張って食べるけど、これ以上はできない」とか、給食の時間が終わっても、「後5分頑張って食べる」と、自分の出来る限界や目標を設定し始めてからでした。

それを先生に受け入れてもらった事で、ポジティブに給食に向き合う事ができたのかもしれません。決して「嫌いだから」とかでなく、「とりあえずこれだけ頑張りたい」という目標を受け入れてもらえる事、そしてそれを1つずつ乗り越える事で自信もついていったようです。

そして年長ではとても明るく元気な性格の先生にあたり、どんどん自分らしさを表に出すことができるようになりました。

どんな自分も先生は大きく包こんでくれる自信ができ、時には喧嘩もしたり、時にはみんなを引っ張ったりと、自分の意見もきちんと言えるようになり、「仲間意識」というものが強くなった事で、給食は嫌だけど、それより友達と遊びたいという図式が成り立っていったようです。

小学校でまた厳しくなった登校渋り

さて、幼稚園は無事乗り切った長男。ですが小学校でまた登校渋りが始まりました。原因は先程と同じ「給食」。量も増えますし、幼稚園の様に週に2回ではなく週5回…。新しい環境に慣れない1年生。

先生も幼稚園程甘くなく、泣いてしまった日もあったようで、帰宅してから「給食の事を考えると頭が痛くなる」と言い始めました。

それからは毎日献立表とにらめっこしたり、「行かない!」と言って聞かない時もありましたが、一緒に登校しているお友達になだめられたり、時には泣いているお友達を慰めているうちに学校に着いていた…等、友達に助けられて乗り切って行ったようです。

もちろん連絡帳に「少食で給食を食べ切ることができず、本人なりに悩んでいる」という旨の手紙を書いたこともありましたが、小学校への手紙ってなかなか勇気のいるものです。2回ほど書いてあげましたが、連絡帳って本人も目にするものなので、あまりネガティブな事は書きたくないと思い、後は自分で言うようにさせました。

そんなこんなで給食は辛かったようですが、2年生でさっぱりしたお父さんと同じ年くらいの先生が担任になり、長男、ガラリと変わりました。一気に先生が大好きになり、給食もリラックスして食べられるようになり、最近ではおかわりじゃんけんまでしているそうで、全く登校渋りがなくなりました。

元々はポジティブな長男なので、心のつかえが取れたように自然に登校時間になると家を出るようになりました。

対処法

私がしてきた対処法は、幼稚園から小学校にかけて、本当に心の支えになることだけだったかもしれません。帰宅したらすぐにリラックスさせてあげて、食べたいものを食べさせてあげる。

そして給食の事はなるべく聞かない、家族内でも話さない。長男が好きなお店で外食したりして出来るだけたくさんの人の雰囲気の中で食べる事に慣れさせる…等など、食べることは生きる上で欠かせないことなので、食べること自体を嫌いになってしまわないように、必死だったように思います。

食べることが大好きな人はたくさんいるとおもいますが、食べようと思っても緊張して喉につかえて食べられなかったり、辛い思いをしている人もいるという事を周りに分かってもらうようにして、責めたり叱ったり、無理やり頑張らせることを極力やめてもらいました。

また、幼稚園も小学校も、給食で全てが決まるわけではない。ということを長男に話続けてきました。

苦手なことを知られるのが許されない長男だったのですが、苦手はあって当たり前、その分自分の得意分野を一生懸命伸ばし、困っている子がいたら一緒に立ち止まったり、引っ張ったり、優しくできたら、それでいいんだからね。それが一番大切なことだからね。とずっと言ってきたように思います。

責められても応援されても、どうしても出来ないことだってある。ということを長男自身が気づいたとき、長男も人に対して優しく寄り添うことが出来るようになったと思います。

最後に

ここまで登校登園渋りについて書いてきましたが、子供を責めたり、自分を責めるのは本当によくありません。まだまだお母さんが必要な年頃、小さな一歩を踏み出す子供の小さなハートを思えば、泣きながら登園するのを見るのはお母さんにとっても辛いはずです。

このまま連れて帰りたいと思う気持ちも出てきますが、可愛い我が子だからこそ、たくさんお友達と遊んできて欲しいし、楽しい経験をつんできて欲しいと思いますよね。

幼稚園なら大したことないと思いがちな登園渋りも、小学校になると勉強も始まりますし、友達関係も複雑になりがちで、一層難しくなります。

悩んでいる事が放っておいてはいけない事や一刻も早く解決しなければならない事だったら、早急に手を打ってあげなければなりませんが、自分の力で乗り越えなければならない事なら、問題だけは把握して、解決策を一緒に考えてあげることが大切です。

出来るだけ子供の自尊心を傷つけないように、また友達関係を邪魔しない様に、母親が子供の悩みにどっぷりはまるのではなく、周囲の意見を聞いて広い視野で色々な提案をしてあげると、子供もどれが今自分にできる事か考えられるようになるかと思います。

誰もが通る道と言えばそうですが、その時その時の対処や態度が、後々子供を大きく変えてしまうこともあると思います。

子供の性格にもよりますが、何がベストなのか、色々な人を巻き込んで一生懸命考えてあげる事が、子供にとっては安心して社会に踏み出せる心の支えに繋がるのではないでしょうか。